株式会社ファイブスターズ アカデミー

なぜ、カポネが警察署の近くのホテルを根城にできたかというと、それはシカゴがアメリカ屈指の腐敗した街だったからです。
だから、エリオット・ネスのような賄賂を受け取らない奇特な警官、つまり「アンタッチャブル(手出しできない)」な人物が映画の題材になったりするのです。

１９２９年に起こったアメリカ・ギャング史上最も有名な事件、「聖バレンタインデーの虐殺」。
ライバルのジョージ・モランの一味を、警官に変装したカポネの手下がマシンガンで撃ち殺した凄惨な事件です。

唯一生き残った犬が激しく吠えたため、不審に思って様子を見にきた近所の住人が、そこに転がっている７つの死体を発見します。
この時、吠えた犬の名前は「ハイボール」。
いかにも、禁酒法時代らしい話です。

ちなみに、島地勝彦著『そして怪物たちは旅立った』の中に、自身が経営するオープン前のスピークイージーで、子分からの吉報を待つアル・カポネと、そこに居合わせた日本人の様子が描かれています。
店の電話がけたたましく鳴り響き、受話器を鷲掴みにしたカポネが思わずこう叫びます。
「そうか！うまくいったか！よくやった！」

それから、徐にカウンターの中のバーマンを振り返り、「モト、一杯飲もう！」と声をかけます。

モトとは若き日の「ツカモト」のこと。
後に日本に帰国し、三島由紀夫など多くの文化人の交流の場となった、赤坂のレストラン「カナユニ」のバーマンを務めた塚本元吉です。

スピークイージーでは密輸入したウィスキーの他に、国内で造られた密造酒も飲まれていましたが、それらは大量の水で薄められた上に、大好況時代ならではの混ぜ物で希釈されていました。

加えられていたのは工業用アルコール。
工業用アルコールの製造量は、禁酒法が始まって最初の５年間で３倍に増えました。

業界は、連邦議会に対して飲用アルコールと同じ税率を課さないよう要請しましたが、議会はそれを認める代わりに、飲用として転用されるのを防ぐために有毒物を加えて変性させることを義務づけます。
認可された変性剤は、石鹸やホルムアルデヒドの他に硫酸など計７６種類。
密造者たちは化学者を雇い、変性剤を取り除くための懸命の努力を試みます。

しかし、作業は困難を極めました。
結果、アルコールに起因する死者の数は、最初の５年間で１千人から４千人超にまで増え、禁酒法が終わる頃には１万人に達していたと言われています。

一方、ビールの醸造業者たちは、ビールはウィスキーに比べアルコール度が低い「節酒」的な飲み物であると主張しました。
その筆頭格アドルファス・ブッシュは、「ビールは軽やかで健康に良い飲み物である」と懸命に訴えましたが、やがて肝硬変で命を落としてしまいます。
これほど説得力のない主張も珍しいですよね。

そう言えば、心労が積み重なったことと、誰も褒めてくれないことで毎晩睡眠薬が欠かせなくなった総理大臣が、ニコリともせず「楽しいニッポン！」というスローガンについて力説していましたが、説得力のなさという点では似たようなものですかね。

一方、医師の処方があれば、医療用としてウィスキーを入手できることに目をつけたのがジョージ・リーマス。

リーマスは、昼間は薬局で薬剤師として働く傍ら、夜はロースクールに通って法律を学んでいました。
やがて彼は、弁護士業よりも違法な酒の密売の方がはるかに儲かることに気がつきます。

当時、医療用の認可を受けていたのはスコッチでは『ラフロイグ』だけですが、バーボンでは『Ｉ・Ｗ・ハーパー』、『オールド・フォレスター』など７つの蒸留所の銘柄。
リーマスはまず廃業した蒸留所を買い取って、敷地内の保税倉庫に眠っている大量のバーボンの所有者になります。

次にドラッグストアをいくつか買収し、各店舗に割り当てられる医療用ウィスキーの販売許可証番号を集めます。
もちろん、こんなことは賄賂で買収した役人の協力がなければできないことです。
そして最後は、酒の密売ルートの確保。

これによりリーマスは大儲けをしますが、ビジネスの規模が拡大するにつれ、全国をカヴァーする新たな“保険”が必要になってきます。
そこで、古い弁護士仲間のイライジャ・ゾリーンに大物の紹介を依頼しました。
ゾリーンが紹介したのは、ポーカー仲間のジェス・スミス。

武装した連邦公務員の護衛に守られて、スミスがバーボンを運び込んだ先は「Ｋストリートの小さな緑の家」。
このポーカーハウスに集うメンバーの中には、ハリー・ドーアティやウォレン・ハーディングなどがいました。

ドーアティは合衆国司法長官、ハーディングは第２９代合衆国大統領です。
なんと、政治の中枢にいる者たちが、裏社会からウィスキーを入手していたのです。