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5☆s 講師ブログ

スターリングブリッジの戦い(3)

指揮官の財務長官クレッシンガムは泥沼の中で落馬し、馬の蹄に踏みつけられすでに虫の息。
すかさず、スコットランド兵の斧がその首を襲います。

パニックになったイングランド軍は、混乱の極致に陥りました。
死者の数は歩兵約5千、騎士百人以上、ウェールズの長弓兵約3百。
大兵力を誇る重装備の正規軍が、兵士の数で劣る軽装備の民衆兵に、完膚なきまでに叩きのめされたわけです。

これが、「スターリングブリッジの戦い」が長く語り継がれている理由です。
この戦果を見て、スコットランド貴族の中から、次々とウォレス側に寝返る者が現れます。

とりわけ大きかったのは、ベイリオル派と仲が悪かった後のスコットランド国王ロバート1世、ロバート・ブルースがウォレス支持に回ったことです。
映画ではアンガス・マクファーデンが演じていた人物です。
セルカークの森に集まった大物貴族と聖職者たちは会議を開きます。

そして、ウォレスはブルースによって騎士に叙任されると同時に、スコットランドの王国守護官にも任命されます。

これ以降、ウォレスは「サー・ウィリアム・ウォレス」と呼ばれるようになりました。
一介のアウトローが、スコットランドの英雄に上り詰めた瞬間です。

しかし、ウォレスが勝利の美酒に酔っていられたのは束の間。
10ヵ月後、イングランドに舞い戻ったエドワード1世によって「フォルカークの戦い」で手痛い敗北を喫します。
その後はスコットランド北部を転々としながら抵抗を続けますが、1305年にかつての部下の裏切りによって囚われの身となってしまいます。
エドワード1世は見せしめのために、実に残忍な処刑を行いました。

ウォレスの首は槍に刺されたままの状態でロンドン橋の塔に晒され、バラバラにされた四肢はブリテン島の四隅に送られました。
エドワード1世の怨念が、いかに凄まじいものだったか窺えます。

しかし、この公開処刑は完全に裏目に出ました。
イングランドとスコットランドの間で心が揺れ動いていた御曹司、ロバート・ブルースが独立の闘士になることを決心したからです。
そして、いよいよ戦いの第二幕が切って落とされることに相成ります。

ちなみに、エディンバラ城第一の門の右側にある像はウォレスですが、左側の像はブルース。
ブルースも、ウォレスと並び称されるスコットランドの偉大な英雄なのです。

ということで、「クレイモア」は血塗られたスコットランドの抵抗の歴史を物語るアイテムとして、スコットランド人の誇りを象徴する剣でもあります。

さて、戦争の話はこれくらいにして、いよいよウィスキーの『クレイモア』の方に目を転じることにしましょう。
「スターリングブリッジの戦い」があったのは1297年ですが、このウィスキーの歴史が始まったのはつい最近の1977年。

『ジョニ赤』が輸出用に回されることになり、手薄になった国内用廉価ブランドを補うためにDCL社が開発しました。

『ダルモア』など、8年熟成の原酒を中心にしたややオイリーな風味ですが、最大の欠点はとにかく甘いこと。
子供用に造ったウィスキーかと思うほど、カラメルの甘味が前面に出てしまっています。
これで『ジョニ赤』にとって代わろうとは、おこがましいにもほどがあります。

ネーミングといい、ラヴェルのデザインといい、スコットランド人のプライドをくすぐるには十分なのに、本当に残念な限りです。
せっかく由緒ある剣の名前を冠したのですから、なぜもっと「重厚さ」とか「切れ味」にこだわらなかったのでしょう。
外見は愛国心と勇気に溢れたハイランド戦士。

でも、中身は自己保身のためにひたすら権力者に靡くスコットランド貴族。
もしもウォリスが現代に甦り、このウルトラ・ライトなウィスキーを口にしたら、怒りのあまり真っ二つに叩き斬ってしまうのではないでしょうか。
ところで、世界に目を向けると、今でも各地で大規模な紛争が勃発しています。

一刻も早く平和な世の中になってほしいとは思いますが、果たして本当にそうでしょうか?
「平和」は、全てに優先することなのでしょうか?

ウォリスはこう宣言しました。
「われらは和平を得るためにここに来たのではない」

ウォレスの願いは、取りあえず戦いを終結させて、「表面上の平和」を取り戻すことではありませんでした。
「祖国の自由」を取り戻すことでした。
だから、茨の道である「戦い」の方を選択したのです。

「平和至上主義」の日本人は「平和」と「自由」が同義語だと考えがちですが、これは大間違いです。

同義語どころか、反対語の時さえあります。

手っ取り早く「表面上の平和」を取り戻したいなら、「降伏」することが一番です。

平和を実現するためには話合いが大切だと主張する人がいますが、いざ侵略戦争が始まってしまうと、話合いの機会が訪れるのは降伏に向けた交渉の時だけです。

しかし、降伏によってもたらされるのは「圧倒的に不自由な平和」です。
それでも平和を選択するべきなのでしょうか?

太平洋戦争に敗れた日本は、一時的にアメリカ軍によって占領されましたが、その実態は過去武力によって征服された国が経験した、「圧倒的に不自由な平和」とはまるで異なるものでした。
一般に他国によって征服された国は、征服国の軍事力によって強権的に占領されます。
所謂「直接軍政」です。

特に侵略戦争の場合は、征服軍による激しい略奪と蹂躙に晒され、自由も人権も全て奪われてしまいます。
そして、最大の屈辱は母国語の使用を禁じられ、敵国の言語を強要されることです。

実は、アメリカ軍も日本語を廃止しようとしていたことが、近年になって明らかになっています。

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