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5☆s 講師ブログ

ジャコと呼ばれた天才(1)

本名、ジョン・フランシス・パストリアス3世。
無名時代、バンド仲間がふざけてつけた変名がネルソン・ジョッコ・パドロン。
そのジョッコがいつの間にかジャコになったと、中山康樹の著書『ジャズメンとの約束』で知りました。

ジャコ・パストリアスは正真正銘の“天才”ベーシストです。
ジョー・ザヴィヌル(ピアノ)に自己紹介した時も、いつもの口癖が出ました。
「オレは天才だ。このテープを聴いてくれ」

ジャコは確信していました。
ザヴィヌルが「ウェザー・リポートに入ってくれ」と言ってくることを。
案の定、ザヴィヌルから誘いの電話は架かってきたのですが、同時に予期せぬ質問も受けます。
「ところで、エレクトリック・ベースは弾けるのか?」

それに対するジャコの返答は、ザヴィヌルが予想だにしないものでした。
「それがエレクトリック・ベースだよ」

24歳の時、ハービー・ハンコック(ピアノ)がバックアップした衝撃のデビュー作、『ジャコ・パストリアスの肖像』でデヴュー。
ジャズ・ファンならば誰でも、最初の収録曲『ドナ・リー』を聴いた瞬間に大混乱に陥ります。
ベースとコンガのデュオ曲ですが、エレクトリック・ベースでなければこんな速弾きは絶対に不可能です。
でも、音質は間違いなくアコースティック。

そのカラクリはこうです。
ジャコは、エレクトリック・ベースのフレットをこそげ落とし、その溝に樹脂を流し込むことで、全く新しい音色を作り上げていたのです。
名付けて「フレットレス・ベース」。
ベースにとっては、間違いなく革命です。

ジャコは、この一枚で「世界最高のベーシスト」という名声を手に入れます。
アルバムには、ハーモニクスだけで構成された『トレーシーの肖像』も収められていました。
トレーシーとは愛妻の名前。

山口孝著『音の匙』の中に、その美しいハーモニクスに関するジャコの解説が載っています。
「それは自然の法則に則っているからさ。1オクターブには七つの音がある。ハーモニクスは光がプリズムを通ると七色に分解するのと同じ法則に従っている」
どうやらジャコは、「共感覚」の持ち主だったようです。

共感覚とは、音を聞いたり、文字を見たりすると色が見える感覚のこと。
新潟大学脳研究所准教授・伊藤浩介の『ドレミファソラシは虹の七色?』によれば、33名の共感覚者にドレミファソラシの音階を聞かせ、感じた色を答えてもらったところ、ほとんどの人がドは赤、レは黄色、ソは青と答えたそうです。

個人差はありましたが、それぞれのRGB値のデータの平均を求めたところ、ちょうど虹が変化していくグラデーションにぴったり重なったといいます。
どうやら、音楽を聴くと虹が見えるという人は結構いるようです。

ちなみに、今から3百年も前に、音階と虹の七色との関連性を予言した人物がいます。
ニュートンです。
ニュートンは、プリズムの色とドリア旋法の分割比が等しいことに着目し、それまでの「虹は五色」という定説を覆そうとしました。
でも、本当のことを言うと、ニュートン自身にも虹は七色には見えていませんでした。
“目利きの助手”が「七色に見える」と証言したことを根拠に「虹は七色」と主張したのですが、そうはいってもそれはあくまで心理実験の域を出ないものでした。

現在では、色の正体は電磁波であり、波長が380Hzから770Hzへと長くなるにしたがって、濃紺から深紅へと次第にスペクトラム状に変化していくことがわかっています。
でも当時は、電磁波という概念自体存在していなかったので、ニュートンの慧眼には驚くばかりです。

ところで、芸術家には共感覚者が結構いるようです。
有名なのは、クラシックの作曲家でピアニストでもあったフランツ・リスト。
自ら指揮するオーケストラの団員にこう懇願したそうです。
「皆さん、お願いですからもっと青く!この音にはそれが必要なんです!」

画家のフィンセント・ファン・ゴッホは、「ジャン=フランソワ・ミレーは荘厳なオルガン、オノレ・ドーミエはバイオリン、ポール・カヴァルニはピアノのようだ」と評しています。
事実ゴッホは、絵画での色の使い方を研究するためにピアノを習っていました。
でも、レッスン中に執拗に音と色を結びつけたため、教師から破門されてしまいます。

ジャズの世界では、デューク・エリントン(ピアノ)が、同じ音でも弾いた人によって違う色が見えると言っています。
「ハリー・カーネイ(バリトン・サックス)が遊んでいるならD紺色の麻布。もしジョニー・ホッジス(アルト・サックス)が遊んでいれば、G水色のサテン」
色はともかく、布地の素材に関しては何となくわかるような気がします。

でも、共感覚者には本当に色が見えているのでしょうか?
最近の脳科学の研究によって、共感覚者が数字を見た時、一般の人が色を感じる時に反応する後頭葉のV4という領域が活性化していることがわかりました。
どうやら、本当に色が見えているようです。

そこで、改めて『ジャコ・パストリアスの肖像』を聴き直してみましたが、一般ピーポーの私には虹どころか何の色も見えてきませんでした。
その代わり、あちこちに“狂気”の萌芽が見え隠れしていることには気がつきました。

敬虔なキリスト教信者のジャコは、ある夜キリストが磔になる夢を見てから、自分はキリストと同じ年齢で死ぬのだと信じ込むようになります。

以来、睡眠時間は2時間。
まさに寝る間を惜しんでベースの練習に勤しんでいたわけです。
しかし、驚くべき点は睡眠時間の短さではありません。
若き日のジャコが、ドラッグの力を借りなくてもハイになれたことです。

17歳で結婚。
19歳で親となったその日に妻子に誓います。
「全存在を音楽に捧げ、責任ある人間として生きる」と。
でも、後者の方は全くもってダメでした。

それまでの、純粋に音で勝負するジャズ・ミュージシャンと違い、ジャコはロックを見習って視覚的要素を取り入れます。
ステージ上に大量のパウダーを撒いて、演奏しながら左右に滑るなんて誰も思いつかなかったし、またやる意味もありませんでした。
なぜなら、それはもはやジャズではなくなってしまうからです。

ソロのパートになると、アクションを交えながらジミ・ヘンドリックスの曲を挿入してアンプを歪ませる。
ステージにベースを置き去りにしたまま行方をくらまし、暗闇から突如現れたかと思うと、今度は高く飛び上がり着地した瞬間にすべての轟音が消える。
ジャコの視覚的な演出はますますエスカレートしていきます。

ロック・ファンを取り込むことに成功したウェザー・リポートは、絶頂期を迎えました。
アルバム『ヘヴィ・ウェザー』は世界的ベストセラーを記録し、ベースのフィーチャー曲『バードランド』でジャコは一躍ヒーローとなります。

しかし、絶頂の真っ最中に転落のルートが始まります。

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