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5☆s 講師ブログ

フランケンシュタイン

フランケンシュタインとは、あの首にボルトが取り付けられた、継ぎ接ぎだらけの顔のモンスターの名前だと思っていました。
実は、ヴィクター・フランケンシュタインというのはモンスターの方ではなく、墓を掘り起こし数々の死体を繋ぎ合わせてこの怪物を作った、いわばモンスターの生みの親とも言うべき科学好きの大学生の名前だそうです。

では、この怪物の名前はというとそれがわからないのです。
そもそも小説では、名前が与えられていませんでした。

二人目の子どもを身籠っていた19歳のメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィンが、スイスのレマン湖の畔で、うち続く長雨の退屈しのぎにこの物語を創作したのは今から約2百年前。
原作には怪物の名前どころか、顔に継ぎ接ぎがあったことも書かれていません。

それどころか、この怪物は流れるようなロン毛の黒髪に、真珠のように真っ白な歯のイケメン。
たくましい大胸筋の下には、六つに割れた腹筋を持つマッチョマンでした。
加えて、ゼロからフランス語を習得し、数々の名作文学を読破する知性まで有していたといいます。

つまり、薄気味悪いモンスターというのは、後世の映画やアニメが作り上げた誤ったイメージなのです。
そもそも、この物語は怪奇小説に分類されるようなものではなく、科学の進歩に対する警鐘として書かれたものでした。
それが、おどろおどろしく演出された背景には、作者を取り巻くおどろおどろしい人間模様が少なからず影響しています。

当時のホラー小説である「ゴシック小説」が何より好きだった少女は、16歳で妻子のいる男性と道ならぬ恋に落ちました。
不倫相手の5歳年上の詩人、パーシー・ビッシュ・シェリーは「正妻も交えて三人で仲良く暮らしたい」と、とんでもない提案をするのですが、受け入れられるはずもなく、二人はイギリスを離れヨーロッパに駆け落ちすることになります。

ドイツでいくつかの観光スポットを巡ったことが、この作品のモチーフになったことは間違いありません。
決定的だったのは、有名な錬金術師ヨハン・ディップルの偉業を展示した城を訪れたことでしょう。
墓を掘り起こしては死体を集めて実験していたという噂の残る、この謎多き人物の最期は、自ら考案した「寿命の延びる油」を飲んで息絶えるという異様なものでした。
この城の名前こそ「フランケンシュタイン城」。

でも、フランス語やギリシャ語、さらにイタリア語に加えて古典のラテン語にも通じていたという才女のメアリーが、ただの空想好きな少女と少しばかり違っていたのは科学に興味を持っていたことです。
当時のヨーロッパで大きな反響を呼んでいたのは「ガルバーニ電気」。

ほら、切断したカエルの脚に金属棒を当てると、脚が震えるというあの現象のことですよ。
今では金属棒の素材が異なると、体液が電解液となって一種の電池の役割を果たすことがわかっていますが、当時は体は死んでも「動物電気」なるものが流れていると考えられていました。

メアリーがこの電気に少なからぬ関心を持っていたことが、創作の底流にあったことは確かです。
現に、この電気を利用して死体を蘇らせる可能性について、第三版の序文で言及しています。

この物語の執筆中に、メアリーはめでたく結婚することができたのですが、それは正妻の自殺によってもたらされた恩恵でもありました。
晴れてシェリー夫人を名乗れるようになったにもかかわらず、1818年に出版された『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』の初版は、なぜか匿名で発表されています。
大スキャンダルの渦中の人物が書いたとなれば、文学作品として正当な評価が受けられないと考えたのかもしれません。

この読みは見事に当たり、著名な作家が絶賛したことで一気に話題となりました。
しかし、ここから彼女の人生は暗転します。
第三子の娘クレアラを赤痢で失うと、翌年には第二子の息子ウィリアムもマラリアでこの世を去ります。

その3年後には、夫が帆船の遭難によって見るも無惨な姿で発見されたのでした。
メアリーは17歳の時にも、出産した長女を生後わずか11日目に亡くしています。
奇しくもメアリーの母、男尊女卑の時代に女性の権利を訴えたフェミニズムの先駆者メアリー・ウルストンクラフトも、メアリーを出産した11日後に病気で亡くなっていました。

幸せな親子関係には全く縁がなかったメアリーですが、そもそもこの小説は虐待した挙げ句にわが子を捨てた、生みの親のヴィクター・フランケンシュタインに復讐を果たすために怪物が遥々旅をするという物語。
つまり、悪役は怪物ではなく生みの親の方なのです。

ところが、そのことを知ったフランケンシュタインは、自らの手で怪物に引導を渡すべく逆に追う側の立場に回ります。
しかし、追跡の途中、北極へと向かう探検隊の船の中で息絶えてしまうのですが、突然そこにあの怪物が現れます。

そして、念願の復讐が叶ったにもかかわらず、「こいつもオレの犠牲者なのだ」と言って涙を流すのでした。
「死が唯一の慰めだ」と言い残した怪物が、北極の闇に消えていくところでこの風変わりな物語は幕となるのですが、メアリーが描きたかったのは薄気味悪いホラー小説などではなく、奇妙な形ではありますが親子の愛憎物語だったのです。
今、私たちが目にする映画やドラマのストーリーとは随分違いますよね。

そんなシェリー夫婦を、ずっと支え続けた唯一の理解者がいたのですが、それがあのスキャンダルまみれの詩人バイロンだったとなると、もはや皮肉以外の何物でもありません。
なんとなく、メアリーの人生とそれを取り巻く人間模様そのものが、巨大なモンスターのように見えてきますよね。

いずれにせよ、2百年経っても世界中の人々が主人公の名前を知っていること自体、モンスター級であることには間違いありません。

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