株式会社ファイブスターズ アカデミー
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てっきり、先生が作った酒だと思っていました。
『ティーチャーズ』という名のブレンデッド・ウィスキーです。
創業者の名は、ウィリアム・ティーチャー。
もちろん先生ではありません。
グラスゴーの貧しい工場労働者の家に生まれたティーチャーは、早くに父親を亡くしたため7歳で母親と同じ紡績工場に働きに出ます。
なので、名前とは裏腹に学校にはほとんど行っていないのです。
11歳で仕立屋の見習いになりますが、そこの親方夫婦が偉かった。
親方のロバート・バーは、学問の大切さを知っている人でした。
作業場の片隅で作業をするウィリアムのために、親方の奥さんが本を朗読して聞かせます。
ウィリアムはロバートを人生の師とし、この仕事場で人間の尊厳や社会正義について学んだのです。
1830年にグラスゴーの小さな食料雑貨店に雇われた時、ウィスキーにビジネスチャンスがあると睨んだウィリアムは、女主人を説得して酒類の販売免許を取らせます。
その4年後、ウィリアムが女主人の娘アグネスと結婚する頃には、棚のほとんどはウィスキーで占拠されるようになっていました。
さらにブレンダーとしての経験を積んだことで、ついにはオリジナルブレンドを小売りするところまで漕ぎ着けます。
それを店頭でも飲めるようにしたのが「ドラムショップ」。
パブとの違いは、ウィスキーの値段が半額以下という価格の安さにあります。
でも、ウィリアムは飲んだくれが大嫌いだったようで、客同士でお酒を奢り合う「ラウンド」を禁止してしまいます。
当時のスコットランドでは、この習慣こそが酒場の売上を押し上げる最大の営業戦略だったのに。
「節酒に協力した」という理由で市当局から表彰された酒場の経営者なんて、後にも先にもウィリアムくらいのものでしょう。
これで驚いてはいけません。
なんと、酒場を禁煙にしてしまったのです。
これは、商売にとっては絶対にマイナス。
でも、ウィリアムは断固として譲りませんでした。
ウィリアムが65歳で世を去ると、2人の息子が事業を引き継ぎます。
彼らによって1884年に『ティーチャーズ・ハイランド・クリーム』というブレンドが正式登録されますが、この名前には「ハイランドの真髄」という意味が込められているそうです。
「ハイランドの真髄」が意味するところは、モルト原酒の比率が45%以上と、当時としては考えられないほど贅沢に使っていることです。
どうやら、ウィリアムの信念は子どもたちに引き継がれていたようです。
もちろん、この比率は現在も守られています。
兄の死後、弟のアダムのもとで事業はさらに発展。
おかげで大量のモルト原酒を確保しなければならなくなったため、念願のアードモア蒸留所を1898年に完成させます。
ウィリアム・ティーチャーの信念は、ただただ美味しいブレンドを味わって貰いたいということでした。
そんな彼を人々が「ウィスキーの教師」と呼ぶのは、単に名ブレンダーだったからという理由だけではありません。
7歳から紡績工場で働きながら、親方ロバート・バーのもとで人間の尊厳と社会正義を学んだ、ウィリアムの人格そのものに敬意を表しているのです。
ところで、私たちはどうでしょう。
私たちは、彼よりもはるかに長い期間学校に通いました。
彼よりもはるかに多くのことを学んだはずです。
でも、「信念」はいつ教わったのでしょう?
あなたは、学校で「信念」を教わった記憶がありますか?
もしかしたら、「信念」というのは学校で教わるものではなく、自らの体験の中から学びとるものなのかもしれません。
日々のビジネスは熾烈を極めます。
成果主義の別名は「売上至上主義」か、あるいは「利益至上主義」。
こんなに厳しいビジネス・ウォーの真っ只中でも、いまだに『ティーチャーズ』が根強い人気を保っている理由は、そのスモーキーな飲み口だけではないはずです。
温かみさえ感じる丸みを帯びたボトルではありますが、酒屋で見かけるたびに「おまえに信念はあるのか?」と問いかけられているような気がして、ついつい背筋が伸びてしまいます。
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