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5☆s 講師ブログ

ヒトフェロモンは存在するのか?(2)

フェロモンというと、私たちはすぐに「性フェロモン」を思い浮かべてしまいますが、それ以外にも外敵の存在を仲間に知らせる「警戒」や、「集合」、あるいは「道しるべ」などいくつかの種類があることがわかっています。

フェロモンは昆虫だけでなく、哺乳類でもラットやマウス、ブタ、シカ、ゾウなどで同定されています。
ちなみに、オスのブタから発せられる男性ホルモンの一種「アンドロステノール」は、実はトリュフのにおい成分と同じです。
だから、トリュフ探しに使われるブタは全てメスなのだそうです。

では、ヒトはどうでしょう?
ヒトはフェロモンを認識することができるのでしょうか。

この議論は、現在のところ真っ二つに分かれています。
認識できるという肯定派は、「寮効果」を根拠に挙げています。
寮効果とは、寮などで長期間一緒に暮らしている女性たちの性周期が、自然に同調していく現象のことを言います。
その理由は、腋のアポクリン腺から分泌されるフェロモンを認識するからではないかと言われていますが、まだ証明はされていません。

それに対して、否定派の根拠はもっと科学的です。
ヒトの場合、「におい物質」は鼻腔内の主嗅覚系の「嗅上皮」(きゅうじょうひ)で受容されるのですが、フェロモンは副嗅覚系の「鋤鼻器」(じょびき)という器官で受容されます。
この鋤鼻器ですが、胎児では認められるものの成長すると消えてしまいます。
なので、ヒトはフェロモンを認識できないことになります。
つまり、解剖学的に「鋤鼻器」が存在しないということが否定派の最大の論拠です。

他にも、フェロモン遺伝子が機能していないことや、さらにはフェロモン受容から脳へのシグナル伝達の第一次中枢である「副嗅球」が認められないことなども否定論を補強しています。

また、フェロモンが受容体に認識されると、細胞膜の脱分極が起こります。
脱分極とは、8月30日のブログ『脳は大忙し(2)』で説明しましたが、ナトリウムイオン(Na+)が細胞内に流入することにより、膜電位がプラスに帯電することです。
ところが、その脱分極を担うイオンチャネルの「TRPC2」の遺伝子が、狭鼻猿類では偽遺伝子化しているのです。

以上から、現在のところ否定派が優勢であることは否めません。
しかし、肯定派も諦めたわけではありません。
もし今後の研究で、ヒトのフェロモンが同定され、それが副嗅球系ではなく主嗅球系を通して認識されることが証明されれば、肯定派の逆転ホームランとなります。
期待したいところですね。

ところで、嗅覚の遺伝子を詳しく調べていくと、進化の過程で嗅覚と味覚をほとんど捨て去ってしまった動物がいることがわかりました。

イルカです。
嗅覚遺伝子のほぼ90%、味覚遺伝子に至っては100%が偽遺伝子になっていました。
イルカは、においや味をほとんど感じないのです。

では、どうやって環境からの情報を手に入れているのでしょうか。
どうやら、仲間とのコミュニケーションに頼っているようです。
その手段として使っているのが「音」。
自ら音を出し、その反響音を利用して自分の位置や獲物を定位することを「エコーロケーション」と言います。

コウモリが超音波を利用していることは有名ですよね。
水中では光の透過率はかなり低いので、霊長類のように視覚を進化させてもあまり意味がありません。

そこで、イルカは音を使うことにしたのでしょう。
水中における音の伝達速度は、毎秒約1,500ⅿ。
イルカは、これを上手に利用して周囲の環境を把握したり、仲間とコミュニケーションを取っているのだと考えられます。

集団で暮らす動物は、集団の生存率を高めるために仲間と頻繁にコミュニケーションを取ろうとします。
その際、より効率的なコミュニケーション手段が見つかると、そのための感覚器がどんどん進化していき、あまり必要のない感覚器は退化していくのではないかと考えられます。
コミュニケーションが、生物の進化の歴史に深く関わっているなんて興味深い話ですよね。

ところで、ヒトの嗅覚を司る「嗅脳」は非常に古くからある脳です。
下等生物や爬虫類などでは、嗅覚が脳の大半を占めています。
一方、進化した高等生物では嗅脳は退化して小さくなっています。
さらには、大脳が発達したことで、「経験」が「知恵」として蓄積されていき、感覚器からもたらされた情報を基に、大脳が主導して判断を下すようになりました。

例えば、初めて青汁を飲んだ時のことを考えてみましょう。
最初は、あまりの不味さに飲むことを止めようとします。
これは、「好き嫌い」を決定する神経核「扁桃体」が、青汁を「嫌い」の方に分類しようとするからです。

でも、扁桃体はここで一旦判断を保留して、知識や論理の宝庫である「前頭葉」にお伺いを立てます。
すると前頭葉は、過去の経験や知識をくまなく調べ上げ、「青いものは体によい」という情報を見つけ出して扁桃体に送り返します。
扁桃体はそれらの情報を天秤にかけて、最終的に「飲む」という結論を出します。
だから、私たちは青汁を飲み続けることができ、その結果だんだん青汁の味に慣れていくのです。

ところが、においの場合は「扁桃核」を介することなく、直接「嗅脳」に送られます。
だから嫌いなにおいというのは、いつまで経っても嫌いなままです。
好きになることは絶対にありません。

仕事だからこのにおいに慣れなくてはと思っても、決して慣れることはないのです。
困ったものですね。

でも、これを逆手に取って、プラスに利用する方法もあります。
それは「お香」です。
お香の香りも、いきなり嗅脳に届きます。
だから、ラベンダーなどの香りを嗅ぐと、理屈抜きでリラックスするのです。

ストレスの多い毎日で、私たちの自律神経は常に交感神経優位の状態になっています。
リラックスすることで副交感神経の方を優位にするには、お香が一番です。
ただし、においに関しては個人差が大きいので、自分にあった、あなただけのにおいを見つけることが大切です。
いろいろなお香を試してみましょう。

ストレス解消はなかなか難しいもの。
ここはひとつ動物の原始的な嗅覚を、上手に利用してみようではありませんか。

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