株式会社ファイブスターズ アカデミー
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学生たちの感想レポートをいくつか紹介します。
「いったん従う気に包まれたら、従わないメンバーに苛立つようになった」
「自分が従うモードに入った後に怠っている人がいたら、『真面目にやれよ』という気持ちになった」
「制服もロゴマークもつけていないくせに集団に紛れ込んでいる人を見ると、憎しみすら感じた」
「規律や団結を乱す人を排したくなる気持ちを実感した」
「はじめはためらいがあったのに、最後にはもっと人のいるところで目立ってやりたいと思うようになった」
「集団のなかでただ従えばいいという気楽さと責任感の薄れがあった」
お揃いの制服と統一行動が無言の同調圧力を生み、リーダーの指示に従ってさえいれば自身の行動には責任を持たなくてもよいという気安さが、学生たちに解放感をもたらしていたようです。
この「無責任の連鎖」こそ、「正義の暴走」を引き起こす原因ではないかと田野は考えます。
繰り返し声を出しているうちに、声を出すという行為自体が正当化されます。
しかも、声を出すことで次第に情緒的な興奮が高まります。
興奮は、やがて「義憤」へと変化します。
そして、一度「義憤」に火がつくと、敵対者というのは容赦なく攻撃してよい「悪」として認識されるようになり、攻撃行動こそが「正義」であるという大義名分が成立してしまうのです。
田野が導き出した結論はこうです。
ファシズムは、上からの強制性と下からの自発性の結び付きによって生じる、「責任からの解放の産物」であると。
でも、このメカニズムによる「責任からの解放の産物」なら、現代でもコンプライアンス違反を犯した企業によく見られる現象ですよね。
さらに田野はこう続けます。
「独裁」にとって必要なものは、「リーダー」と「一致団結」だけだと。
なんと、「独裁」を実現するためには、「言論弾圧」や「絶対服従」、「監視社会」などは必要なかったのです。
ナチスの独裁政権下においても、一般市民は決して上から支配されるだけの「被害者」などではなく、むしろ従来の価値観や慣習を保持したまま、逆に自ら積極的に体制に同調・協力する「加害者」でした。
ゲシュタポによる監視はありましたが、その体制を支えていたのは市民による「密告」です。
人々はまさに、自ら進んで積極的に独裁に協力していたのです。
だから田野は、「独裁」に必要なのは「リーダー」の存在と、集団の「一致団結」だけだと断言するのです。
でも、ちょっと待ってください!
「リーダー」と「一致団結」という2つの要素というのは、企業はもちろんのこと、あらゆる組織にとって必要不可欠な要素ではありませんか。
ということは、ファシズムの危険性は、どんな組織にも内在していることになります。
では、それを暴走させないためには、一体どのようなストッパーを設けるべきなのでしょうか。
田野は、授業の実施に際して様々な安全弁を設けていました。
スタンリー・ミルグラムが1962年にイェール大学で行った『服従実験』や、フィリップ・ジンバルドーが1971年にスタンフォード大学の地下室で行った『監獄実験』など、普通の心理学者ならば絶対に口にしない「心理学の黒歴史」についても、授業の中で丁寧に説明しました。
また、学生のツイッターで、授業に関する書き込みを見つけた時は必ず返信を行い、不適切なものには削除を求めます。
つまり、「SNSはチェックされている」ということを、学生たちに徹底的に知らしめたのです。
私はこの「SNS」が鍵を握っているのではないかと思うのです。
先ほどの学生の感想レポートから、「制服集団」の一員であるという認識が、大胆な行動に駆り立てる一因だったことが読み取れます。
制服を着て集団に埋没してしまうと、個人の特定は困難になります。
この安心感、すなわち「匿名性」こそが過激な言動の引き金となるのです。
でも、「匿名性」は「SNS」の最大の特徴です。
コロナ禍では人々の不満が噴出しました。
個人の名前や顔を世間に晒してまで不満を表明する勇気はないという人であっても、匿名集団であるSNSの中で声を上げるのは容易です。
そして、不満の声を上げ続けているうちに、その不満はいつの間にか「正義の義憤」へと変化していきます。
この義憤こそ、「独裁」を生み出す土壌となるのです。
思い出してみてください。
コロナ禍で、正義に対する敵対者として攻撃の対象となったものたちのことを・・・。
最初はパチンコ店でした。
次に酒を提供する飲食店、渋谷スクランブル交差点、品川駅連絡通路、Go To トラベル、騒ぐ若者、路上飲み、ズルをしたワクチン接種者、そして最後は東京オリンピック・・・。
攻撃対象を次々に世間に晒すゲシュタポの役割を果たしたのは、ワイドショーなどの「なんちゃって報道番組」。
そして、SNSを通じて密告したのは一般市民。
ナチスによく似た構造が出来上がっていますよね。
冷静になって、現在の状況を俯瞰で眺めてみましょう。
政治への「義憤」という「一致団結」は完璧にでき上がりました。
後は「リーダー」の登場を待つだけです。
オリンピックが後半に差し掛かかった辺りからコロナ感染者が急増し、国民の不満が頂点に達しようとする頃、ある政治家がリーダーにとって最も重要な能力は、「気持ちをしっかり国民に伝える」ことだと言いました。
果たして、そうでしょうか。
歴史上の人物で、自分の気持ちを国民にしっかり伝えて鼓舞したリーダーと言えば、ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、東絛英機。
そうです。
気持ちをしっかり国民に伝えることは、独裁者にとって必須の能力なのです。
「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」
これはドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトの言葉ですが、私たちは知らず知らずのうちに、「独裁」へと続く危険な時代の入り口に立っているのではないでしょうか。
田野の実験的な授業は全国紙で紹介された途端に、大きな反響を呼びました。
しかし、ある地方議員からの「文科省に知り合いがいるので、国会で問題にする」という恫喝めいた抗議を受け、大学側と協議を重ねた結果、授業は中止に追い込まれます。
もしかしたら私たちは、危険な時代の入り口どころか、すでに中に足を踏み入れてしまっているのかもしれません。
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