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5☆s 講師ブログ

絶対音感は誰にでもある!?

前回は脳の視覚野についてでしたが、今回は耳の方の聴覚野に関する話です。

柏野牧夫の『空耳の科学』によれば、楽器メーカーの音楽教室の影響か、外国よりも日本の方が「絶対音感」の保持者が多いそうです。

それでも絶対音感を持っている人の割合は、1万人に1人と言われています。

確率にすると0.01%。

ところが、これが自閉スペクトラム症の場合は8%にまでハネ上がります。
理由はわかりませんが、自閉スペクトラム症の人に、ある特定の能力がズバ抜けて高い人が多いことと関係があるのかもしれません。

また、絶対音感は遺伝することが知られています。
私のように、「相対音感」しか持ち合わせていない一般ピーポーにとっては羨ましい限り。
ところが、最近の研究によりこの絶対音感というのは、生後8カ月までは誰にでも備わっている能力だということがわかりました。
ということは、99.99%の人は成長の過程で、絶対音感を捨て去っていることになります。

なんと、予めそのようにプログラムされているらしいのです。
なぜでしょう?

実は絶対音感を持っていない一般の人でも、脳の第一次聴覚野は絶対音感に反応しています。
生まれた時の能力はちゃんと残っているのです。
その後、音の信号は第一次聴覚野から順次高次の脳に送られていくのですが、送られた高次の脳で「絶対音感」をあえて「相対音感」に変換する作業が行われます。

つまり、高レベルな情報処理能力を、手間隙かけてわざわざ低レベルなものへと作り替えているのです。
なぜこんなことをするかという謎解きは後でしますが、動物行動学者の岡ノ谷一夫は「相対音感」が歌を歌うことと関係があると指摘します。

現在、世界で最も親しまれている音楽は、メロディーを中心とした西洋音楽ですが、メロディーというのは音の相対的な関係からできているので、絶対的な音の高さの情報は必要ありません。
では、人間以外の動物はどうかというと、多くの動物は生まれつき発する鳴き声が決まっているそうです。
しかも、外敵が襲ってきた時など、仲間に危険を知らせる時はこの鳴き声というように、場面別に鳴き声の種類が決まっています。

ただ、ミュラーテナガザルのオスは、「ワ」と「オ」の2種類の声を組み合わせたり並べ替えることで、歌を歌うことができます。
そのため、別名「歌うサル」と呼ばれたりしますが、残念ながら新しい音声を発することはできません。

ところが、ジュウシマツは新しい音声を学ぶこと、つまり「歌を学ぶ」ことができるのです。
耳から聞いた音声の真似をして発声することを「発声学習」といいますが、鳥は全体の1万種のうちの約半数、5千種類の鳥がこの能力を持っています。
イルカやクジラなどの鯨類では81種類。

でも、なぜか霊長類ではヒトだけです。
これらに共通しているのは息を止めることができる、つまり呼吸をコントロールする能力があることです。
おそらくこの能力は、水中や風の強い上空においては、かなり生存に有利に働いたことでしょう。

でも、そんな鳥やクジラでも、メロディーを異なる調に移調して歌うことはできません。
移調できるのはヒトだけです。
移調とは曲の調(キー)を変えることで、例えばカラオケでキーが少し高い時に、機械を操作して1度下げたりしますよね。
あのことです。

クラシック音楽は、基本的には移調しませんがオペラは例外です。
なぜなら、オペラ歌手は体格によってキーが違うからです。
私たちヒトは、絶対音感を隠蔽して脳の感度を鈍くすることで、オペラなどのメロディー中心の音楽を楽しむことができるようになったのです。

因みに、脳波の信号を音楽に変換するという実験がいくつか行われていますが、岡ノ谷らは脳波を指のように扱って、仮想的な楽器を奏でるプロジェクトに取り組んでいます。
この「脳波音楽」の演奏者は、まずヘッドギアをつけて4種類の和音をランダムに思い浮かべます。
その時モニターに出現する脳波を、クラリネット奏者が読み取って実際に演奏するという仕組みです。

この実験が面白いのは、脳波演奏者が思い浮かべるのは和音そのものではないということです。
私たちが和音を聴いた時、脳の中では自動的かつ付随的に何らかの感情が生じるそうです。
脳波演奏者が想起するのは、この和音に紐付けされた感情の方です。
感情を想起することによって生まれるその波形を、クラリネット奏者が読み取ってどの和音か判別し音を奏でるのです。

音楽が、私たちの感情とか情動というものに、いかに深く関わっているかを示唆するエピソードです。

ただし、この作業には難点があります。
それは、常に安定した波形が出せるかどうかです。
この問題を克服するため、脳波演奏者は毎日4時間もトレーニングを積んだといいます。
まるで修行僧ですよね。

しかし、ヒトが「絶対音感」を隠蔽して、わざわざレベルの低い「相対音感」に作り替えた理由は歌や音楽を楽しむためではありません。
それは、「コミュニケーション」のためです。

声は、人によって音程が違います。
絶対音感だと相手の声の音階が気になってしまい、会話の内容に集中できなくなります。
人と会話する時は、相対音感の方が都合がいいのです。
つまり、人類は仲間とのコミュニケーションを最優先に考えて、「絶対音感」という天才的な能力をあえて捨て去ったのです。

自閉スペクトラム症の人に、言葉や会話の聞き取りが苦手な人が多いという事実も、おそらくこのことと関係しているのでしょう。
自閉スペクトラム症の場合、最も早く現れる症状は「感覚過敏」です。
我々凡人も、生まれた時には何らかの鋭い感覚を持っていたのでしょう。

でも、他の人とコミュニケーションをとるために、成長の途中でその鋭い感覚をあえて捨てたのです。
手間隙かけて、わざわざ鈍感なものに作り替えたのです。
その過程で、副次的に歌や音楽を楽しむ能力を手に入れたわけです。
でも、岡ノ谷は歌が先に生まれ、その結果として言葉ができたと考えています。
つまり、ヒトの祖先は「歌うサル」だったのではないかと主張するのです。

いずれにせよ、「私には人より優れた能力がない」と、お嘆きのあなた!
誤解してはいけませんよ。
神様は、人より優れたあなたの能力を、他人とコミュニケーションを取りやすくするために、わざわざ人並みの平凡なものに作り替えてくださったのです。

コミュニケーションが苦手というのは、あなたの単なる思い込みです。
まずはその思い込みを捨てて、周りの人とコミュニケーションをとってみませんか。
せっかく神様がくださった、その「鈍感」な能力を使わないのはもったいないですよ。

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