株式会社ファイブスターズ アカデミー
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2014年5月の、東京電力福島第一原子力発電所の吉田昌郎元所長の調書に関する記事は、まさに「世紀の誤報」でした。
朝日新聞は「所長命令に違反 原発撤退」という見出しで、「フクシマ50」の名で英雄視されていた作業員たちが、実は所長命令に違反して現場から逃亡した卑怯者集団であるとセンセーショナルに伝えたのです。
これは超弩級のインパクトがありました。
でもよく考えてみると、事故から3年も経っているわけですから、所員の9割に当たる650人もの人たちが所長命令に背いて逃げたというのが本当なら、とっくにその事実が表沙汰になっていてもおかしくないはず。
この記事は、政治家に裏から手を回して入手した「吉田調書」を、自分たちの都合のいいように勝手に解釈して文章にしただけのものでした。
現場に足を運ぶことをせず、密室で書き上げた記事がスクープであるはずがありません。
センセーショナルな見出しを除けば、ただ単に既報の事実を羅列しただけの記事を見て、朝日の記者たちは「どこがスクープなのか?」と首を捻ります。
しかし、それを口に出す者はいませんでした。
なぜなら、社長の木村伊量が「第一級のスクープ」と大絶賛していたからです。
この新聞社の場合、スクープか否かを決めるのは読者ではなく社長のようです。
社内的には拍手喝采の嵐でも、当然他のメディアから疑問の声が上がります。
最初に誤報の可能性を指摘したのは、ジャーナリストの門田隆将でした。
この時朝日新聞は、マスメディアとして絶対にやってはならない行動をとってしまいます。
門田は、ノンフィクション『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の500日』を執筆する際、吉田所長に長時間に渡るインタヴューを行った吉田を最もよく知るジャーナリストです。
後に朝日の社内で、「記事を書く前に、なぜ門田隆将氏に吉田調書を見せてコメントを求めなかったのか」と疑問の声が上がったほどの人物。
その門田の指摘に対して、朝日新聞はあろうことか法的措置をちらつかせた抗議文を送りつけます。
この手法は、反社組織が自分に対して批判的な言論を封殺する際に使う常套手段。
こうなると、この新聞社が一体どちら側の組織なのかわからなくなってきます。
そもそも、吉田調書に関する記事が大きな話題になったのは、ニューヨーク・タイムズなど海外メディアが挙って取り上げたからです。
朝日新聞は「朝日新聞総合英語ニュース」サイトにアップする際、あえて「命令を無視して逃げた」と、極めて過激な見出しをつけたので海外メディアの目に止まったのです。
なぜ、こんな見出しをつけたのでしょうか?
それは、ピューリッツァー賞を狙っていたからです。
しかし、真実とはいつか必ず明らかになるもの。
6月下旬、ついに命運の尽きる時がやってきます。
共同通信社が詳細な連載を開始したことにより、事故後の核心部分が明らかになったのです。
この連載は、原発事故が起きた時の所員のやり取り、会話、行動を、全ての登場人物に実名と実年齢で語らせるという実に秀逸なものでした。
その連載の中で、少数の所員を残して第二原発へ退避する方策を、吉田所長自身が検討していたことが明らかになったのです。
いよいよ朝日は追い詰められます。
ところが、担当の局長や部長が誤報発表を考え始めていた8月28日、木村社長は社内向けにこんなコラムを配信します。
「これぞ価値ある第一級のスクープと言うべきでしょう。『朝日新聞のぶっちぎり』の特ダネに終わらせることなく、公共財として社会全体で証言を共有できないものか・・」
さらには、「他の新聞は手元に調査資料がないこともあってか、後追いもせずほぼ黙殺」と、ご丁寧にも他のメディアの批判まで展開しました。
週刊誌は早速このメールを入手し、「大本営発表メール」と揶揄しましたが、確かにこれをみる限り朝日新聞の体質は旧帝国陸軍と酷似しています。
しかし、強がっていられたのは、各社が「吉田調書」を入手するまでのわずかな間でした。
この会社にはコンプライアンスという概念はないのでしょうか?
あるにはあるのですが、その考え方が一般の企業とは大きく異なっています。
コンプライアンスと言えば、それまでどんぶり勘定だった取材費や交通費に最初にメスを入れたのは、1999年に社長に就任した箱島信一でした。
大幅な人員削減と並行して領収書を徹底的に洗ったことにより、2001年3月期決算では史上最高益を計上します。
支出を抑えることで利益至上主義に突っ走った箱島が、次に取り組んだのが収入の確保。
とりわけ、新聞社の生命線である広告費の減少は絶対に避けなければなりません。
企業の内幕をスクープした記事に抗議が寄せられたりすると、社長はすぐにお詫びの筆を取ります。
企業から広告出稿の打ち切りの通告があると、すぐさま電車に「お詫び」の吊り広告を出して平謝り。
これでは、現場の記者はたまったものではありません。
記者の取材力は大きく後退しました。
箱島の唯一の功績は、2000年代の前半まで支給されていた「役員特別年金」を減額したことくらいでしょう。
この年金は、定年後の役員に月額80万円が支払われるという豪勢なもので、一般社員には内緒の「秘密特典」でした。
偉くなればなるほど甘い汁が吸える社内システム。
朝日の社員が、必死の思いで熾烈な“カースト制度”を勝ち抜こうとする理由は、こんなところにあるのですね。
利益至上主義が現場に浸透していくに伴い、紙面作りの権限は各部から編集局長室に移っていきます。
デスクが「上の意向だから」という決まり文句を口にしたとたん、記者たちは「逆らわない方がトクだ」とばかりにすぐさま引き下がるようになりました。
「上からデスク」が、トントン拍子で出世街道を上り詰める光景を嫌というほど見せつけられる頃には、それはもはや朝日の「風土」として定着していくのでした。
イエスマンしか残っていない編集局を見て、長年その左派論調を批判してきた『文藝春秋』でさえ、「右だの左だのという話ではなく、それ以前に朝日新聞はジャーナリズム精神を失った」と嘆きました。
このような下地が出来上がった2006年に、当時の社長秋山耿太郎が「コンプライアンス委員会」を立ち上げるのですが、これがまた驚愕の実態なのです。
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