株式会社ファイブスターズ アカデミー

恐山菩提寺院代の南直哉(じきさい)は、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を初めて聞いた時、思わず笑ってしまったと言います。
置かれた場所が自分の望んだ場所ならともかく、誰かに一方的に置かれた場所であっても、ただそこで咲けばいいという論理には到底納得できなかったからです。

「たまたま置かれた場所」が理不尽なものであったとしても、それを運命として受け入れ、我慢して自己実現に努力せよという考え方は差別的であるとさえ南は言います。
彼によれば、仏教では置かれた場所や状況は一時的なものと考えるそうです。
だから、嫌なら別の場所を探してもいいし、もう少しその場所に居続けてもいい。
それは自分自身が決めればいいことで、本当につらいのはその選択の余地がない時です。
なるほど、南の主張は至極ごもっとも。

ノートルダム聖心学園理事長だった渡辺和子が、 エッセイ『置かれた場所で咲きなさい』を著わした頃は、職場のパワハラでメンタル不全になる人や、ブラック企業で自殺に追い込まれる人の数は今ほど多くありませんでした。
そう考えると、「置かれた場所で咲きなさい」という教えは、いささか時代遅れのような気がしないでもありません。

渡辺は３０代で突然岡山に派遣され、翌年には大学学長に任命されます。
重圧と戦いながら苦悩の日々を過ごす中、ある宣教師が短い英詩を手渡してくれました。

“Bloom where God has planted you.“
「神が植えたところで咲きなさい」

詩はこう続きます。
「咲くということは、仕方がないと諦めるのではなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることなのです」
さらには、「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです」

要するに、置かれたところで自分らしく生きることが、「見守ってくださる方がいる」という安心感に繋がり、波立つ心を鎮めてくれるのだと渡辺は考えたのです。
キリスト教では、「置かれた場所」とは「神が植えたところ」であり、どんなに苦しい時でも神は見守ってくれているということになるのですが、この辺りが仏教とは違うところ。

南は、キリスト教の「諦めるな」という教えに関しても、仏教の解釈は違うと言います。
「諦」という字は「悟る」と同じ意味で、それは「断念する」ということではなく、「つまびらかに見る」とか「明らかに見る」、つまりは仏の智慧(ちえ)を意味します。
分かりやすくいうと、「苦しい」とか「つらい」という己の感情を一旦脇に置いて、事態を冷静かつ客観的に眺めてみるのです。

すると、私たちが抱える問題というのは、私たち自身の中に内在しているものではなく、人と人との「間(ま)」に存在しているということに気づきます。

そうです！

人が直面する問題のほとんどは、人との「間」に存在するのです。
あなたが「私の問題」だと思っていることは、実はあなた固有の問題ではなく、他人と一緒に織った織物のようなものです。

ですので、自分の視点だけから、自分の作った物語だけを見て苦しんでいても、問題は一向に解決しないのです。
そうではなくて、他人との関係を組み替えようとする試みこそが、問題の解決に繋がるのだと南は言います。
そもそも、「置かれた場所で咲きなさい」という考えは、「神」の存在を前提にしたもの。
場所を決めたのも「神」。

誰も気づいてくれないあなたの努力を、ひっそりと見守ってくれているのも「神」です。
その前提に立つと、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉は、「神」のために咲く努力をしなさいと言っているようにも聞こえます。

一方の仏教には、絶対的な「神」は存在しません。
仏教の教えは「諸行無常」。
つまり、この世の全ては変化していくため、確固たるものは存在しないと考えます。
日本人の場合、熱心かどうかは別にして「宗教は？」と問われれば、取りあえず「仏教」と答える人が多いはず。

私もどちらかというと、南の主張の方に共感を覚えます。
キリスト教の、「全てはイエス・キリストの思し召し」という考え方には、どうしても違和感があります。
「神」というジョーカー・カードを出せば全ての問題が解決するとは到底思えません。

ところが、この敬虔なクリスチャンであるシスター渡辺和子にも、「神」では解決できない問題がありました。
できるだけ人を赦して笑顔で生きなさいと諭す聖職者でも、生涯かけて絶対に赦さないと公言する相手がいたのです。

自分のプライベートについて語ることは滅多になかった和子ですが、実は９歳の時に地獄の光景を目の当たりにしています。
和子の父親渡辺錠太郎は、彼女の目の前で、身体中に軽機関銃の弾丸を浴びて絶命しました。
片足は吹き飛ばされ、血や肉片が壁や天井にまで飛び散っていたそうです。