株式会社ファイブスターズ アカデミー
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「思い込み」でもいいからアイデンティティを持つべきだと言っても、周囲の人にとっては迷惑なだけのアイデンティティだってありますよね。
正確に言うと、それはアイデンティティではなくて「独りよがり」です。
では、独りよがりから脱却し、ちゃんとしたアイデンティティを持つにはどうしたらいいのでしょう。
もう一度、脳科学者の池谷裕二の知見に耳を傾けてみることにしましょう。
アメリカの心理学者アール・ハントは、ヒトの知能を大きく「言語系」と「空間系」の2つに分けました。
後者は所謂「空間認知能力」のことで、IQのテストに空間物体の問題が含まれているのはこうした理由からです。
皆さんも脳トレなどで、立体図形の物体を頭の中で回転させる問題を見かけたことはありませんか。
これは「メンタルローテーション」と言うものですが、注目されるようになったのは1971年にスタンフォード大学のシェーファー博士とメツラー博士が発表した論文がきっかけでした。
2つの物体を提示して、それらが同じものかどうか判定するという課題に取り組んでもらうのですが、同じ角度から見ているわけではなく、片方の物体はある程度回転させています。
そのため被験者は、片方の物体を頭の中で回転させなければならないのですが、この時2つの物体が同じものであると判断するまでの時間を計測してみました。
すると、実に興味深いことが判明します。
片方の物体の角度を0度から180度まで様々に変えて提示したのですが、角度が大きくなるほど時間が長くかかっていました。
当たり前と言えば当たり前ですが、かかった時間と角度差をグラフにしてみると、見事な直線関係になるではありませんか。
つまり頭の中で、一定の速度でその図形を回転させていたということになります。
回転の速度を求めると毎秒60度。
つまり、1秒間に60度のペースでゆっくり回転させていたのです。
そもそも「メンタルローテーション」を日本語に訳すと「心的回転」。
でもこの言葉、ちょっと変だと思いませんか?
というのは、「心的」は精神ですが「回転」は物理です。
「心」と「物」という、本来対極にある事象の言葉をくっつけてしまうなんて、少々乱暴な気がしないでもありません。
現実の世界でモノを回転させるには、それなりの時間と労力を要しますが、実体のない心的イメージの世界では、物理的な制約がないわけですから回転作業を早送りできるはず。
それなのに、頭の中で一定の速度で回転させていたというのは実に不思議な話です。
それだけではありません。
最も時間がかかったのは角度が180度の時でしたが、それでは270度の時はというと90度の時とほぼ同じ時間でした。
ということは、逆回転させたということです。
これも変だと思いませんか?
だって被験者は、どっちの方向に回転させるのが最適かなんて知らずに課題に取り組んでいるのですから。
因みに、この能力の男女差を調べた研究がいくつかありますが、ほぼ一貫して男性の方が成績がよいというデータが得られています。
ただし、紙のような2次元媒体ではなく、3次元のバーチャル視覚空間で行うと男女差は見られなくなるといいますから、男脳とか女脳とか軽々しく口にしない方が賢明でしょう。
私の知る限り、男女の脳の性差に関する俗説を主張する人は、例外なく脳科学のド素人です。
ところで、頭の中で物体を回転させると言っても、やり方には2通りあります。
①物体そのものを動かすか
②自分が眺める位置を変えるかです。
言い換えると、
①相手を動かすか
②自分が動くか
これは簡単に調べられます。
顔を真正面に向けたまま、自分の体を右か左に捻ってこの課題を行うのです。
もし①なら、要する時間は同じはず。
ところが、実験すると要した時間は長くなりました。
ということは、正解は②ということになります。
自分自身が空間を移動して、別の側面から物体を見る時は身体移動が伴いますので、体の向きが影響して時間が長くなるのです。
このことから、メンタルローテーションというのは、頭の中で物体をクルリと回転させているのではなく、わざわざ自分が物体の周りを巡るという、仮想的な身体運動であることがわかります。
サッカーでは、イニエスタのような優れたパサーは自分のポジションからではなく、上空から鳥のようにピッチを眺めてキラーパスを出すと言います。
つまり、身体という物理的実体を離れて、上空という外部に視点を移動させて全体を把握しているのです。
このように、時には鳥のように高い位置から全体を眺めたり、またある時は相手の視点に立って自分を見つめたりという柔軟な視点を持つことは、ビジネスマンにとっても重要な能力と言えます。
心理学では、これを「メタ認知」と呼びます。
能の世界でも、世阿弥が能楽論『花鏡』の中で「離見」の大切さを説きました。
「離見」とは、観客の目線で自分の演技を眺めること。
これらは全て「メンタルローテーション」のことを指しています。
どうやら、「独りよがり」から脱却する答えが見つかったようです。
最近の研究により、メンタルローテーションを行っている時は、後部頭頂葉の上頭頂小葉という部位が活動していることがわかってきました。
ここは、感覚や運動などの身体信号を通じて「今の自分の状態」を客観的に認知する、所謂「内観」の働きを担っている部位です。
さらに、メンタルローテーションの能力が、どんな能力と相関するかもわかりつつあります。
それは論理力や算術力、さらには問題解決力やユーモアを理解する能力です。
世間でいうところの「頭のよさ」とか「知恵」というのは、メンタルローテーションが源泉となっているようです。
しかも、相手の立場で物事を考えることは、「共感」にも繋がりますよね。
ヒトの場合は、生後3カ月からメンタルローテーションの能力が芽生え始めて、5カ月になると十分な能力を発揮できるようになるそうです。
しかもサルやアシカ、トリなど3次元で暮らす動物たちにはほとんどこの能力が備わっているといいますから、「独りよがり」がいかに恥ずかしい行為か分かります。
時々、他人の目ばかり気にして自分を見失ってしまう人がいますが、メンタルローテーションは常に自分を客観視して行動を修正していく能力のことですので間違えないで下さいね。
でも、自分を客観視するのは難しいと感じる人もいるでしょう。
実は、メンタルローテーションが苦手なタイプというのはわかっています。
それは音痴の人です。
というのは、ドレミファソラシドという音階は、脳内では螺旋階段状のものとして、立体空間で認知されているからです。
だから、もしあなたがカラオケに行ったらマイクを離さないというタイプなら、メンタルローテーションは絶対にできるはずです。
でも、一人でマイクを独占していること自体、メンタルローテーションができてない証拠のような気もしますけど・・・。
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