株式会社ファイブスターズ アカデミー

世の中に「税金」というものが出現して以来、権力者を悩ませ続けたのはその徴収方法でした。
大村大二郎の『脱税の世界史』を読むと、税金をどうやって徴収するかは権力者にとってきわめて重要な政策だったことがわかります。
なぜなら、民衆の支持を得られるかどうかを決定する要素のひとつだったからです。

古代ローマの共和制が崩壊したのも、税金の徴収方法が原因でした。
教会が勢力を持つ以前のローマでは、市民は直接税を払っていませんでした。
行政官などは市民が無報酬で務めていたし、最低限の経費は関税と奴隷売買の際の奴隷税で賄うことができたからです。

その後、ローマの勢力範囲が拡大していくと、占領地から貴金属などを没収することで国の運営費を賄うようになります。
しかし、人間の欲望には限界がありません。
ローマ市民の欲求はどんどんエスカレートし、紀元前１３０年頃にはローマの属州に対して「収穫税」を課すようになりました。

この時、徴税の仕事を担当したのが「徴税請負人」。
徴税請負人は、５年分の徴税権をローマ政府から一括払いで買い取るのですが、当然額面は割り引かれます。
ということは、徴税請負人が非情な取り立てをすればするほど、儲けが大きくなるわけです。
ただし、割り引かれるといっても徴税権自体は結構高額なため、買えるのは一部の富裕層に限られていました。
要するに、富裕層が庶民から税金をむしり取る構図になっていたわけです。

中には、請負人たちが結託して会社組織のようなものを作るケースも出てきましたが、何でもこれが世界最古の会社なのだそうです。
この会社もまた下請けとして徴税請負人を雇っていたため、属州の住民たちは請負会社と請負人によって、二重にマージンを取られていたことになります。

貧富の差はますます拡大し、税金に対する民衆の不満は高まる一方。
紀元前８８年、トルコ地域を支配するミトリダテス大王の画策によりギリシャの大部分の都市が一斉に蜂起します。
たった１日で、徴税請負人８万人とローマ商人２万人が殺されたといいますから、税金の恨みがいかに深いものだったかが窺えます。

反乱はローマ軍によって鎮圧されますが、これにより致命的な打撃を受けたローマ政府は、共和制から帝政への移行を余儀なくされます。
徴税請負人という制度が、共和制の崩壊を招くきっかけになったと言っても過言ではないでしょう。

そのため、帝政の世になり誕生した初代皇帝アウグストゥスは、徴税請負人を通さずに政府が直接徴税する体制に変えようとします。
以降、歴代のローマ皇帝は徴税システムの簡素化と、税負担の公平性に心を砕くことになりました。
意外なことに、歴史上は「横暴」とされる権力者たちも、税金に関しては民衆の支持を得ようと必死だったようです。

あの暴君ネロも、それまで非公開だった「徴税規則」の公表に踏み切ったり、税金を払えない者に対する徴税権は１年で消滅することを決めます。

フランス革命で処刑されたルイ１６世も、国民の税負担を軽くしようと努力したひとりです。
当時、貴族や聖職者たちはほとんど税金を払っていませんでした。
ルイ１６世は、彼らからもキチンと税金を取ろうと画策しますが猛反対にあいます。
そこで切り札として財務長官に登用したのが、スイスの銀行家ジャック・ネッケル。
敢えて、慣例に囚われない外国人に白羽の矢を立てたわけです。

ネッケルが目を付けたのは、あの悪名高き徴税請負人制度。
彼は徴税請負人が徴税権を買い取ることを禁止し、徴税請負人は決められた金額だけを徴収して国家に納付し、決められた報酬だけを受け取るように制度改正を試みます。
この至極マトモな制度に対して、貴族や聖職者たちは「スイスの銀行家がフランスの富を横取りしようとしている」とキャンペーンを張って、ネッケルに集中砲火を浴びせました。

追い詰められたネッケルは、身の潔白を証明するために、当時は極秘扱いだった国家財政の収支決算を公表してしまいます。
ところが、ネッケルの意図とは裏腹に、人々の目は巨額の財政赤字ではなく支出の内訳の方に向けられました。
国家の歳入の１割近い金額が、王家への支出に充てられていたからです。

一瞬にして批判の矢面に立たされることとなったルイ１６世は、やむを得ずネッケルを罷免しますが、その頃にはネッケルは国王の贅沢を暴いた英雄として民衆から厚い支持を受けるまでになっていました。
７年後、市民の後押しを受けてネッケルは財務長官に返り咲きます。

翌１７８９年にルイ１６世が再びネッケルを解任すると、民衆の怒りはついに臨界点に達しフランス革命へと繋がっていくのでした。
度々、歴史を塗り変えるきっかけとなった徴税請負人制度。

ところが、２０世紀になると、これに代わる夢のような制度を考えた天才が現れます。