株式会社ファイブスターズ アカデミー
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不覚にも、電車で本を読んでいて、感動のあまり涙をこぼしてしまうことがあります。
私は黒井千次の『時間』を最後に、小説は一切読まない主義を貫いていますが、
先日ノンフィクションを読んでいてそんな事態に陥りました。
こんなことは、門田隆将の『死の淵を見た男』以来のことです。
『武士の家計簿』で一躍有名になった磯田道史の『無私の日本人』の中で、
江戸時代の仙台藩下、吉岡宿という貧しい村を救うために
私財を投げ打った9人の篤志家のことが紹介されています。
まず発想が面白い。
どんなに米を作っても結局年貢に取られてしまうので、それ以外の方法でみんなが豊かになる策を考えます。
まず吉岡宿内の9人の商家が力を合わせ、店が潰れるのを覚悟の上で千両という大金を用意します。
店が潰れることも辞さないという壮絶な覚悟にも驚かされますが、
そもそもお上に金を貸し付けるなどということが許されるのでしょうか?
もしも、お上がこの企みを「不届き」と捉えれば打ち首は免れません。
計画は極秘裏に進められ大庄屋の了解を得たところで、まずは役所に探りを入れます。
しかし予想通り、お役所の徹底したタライ回しに会います。
でも、中には彼らの意を汲んでくれる役人がいて、上役に掛け合ってくれたりします。
いくつもの障害を乗り越えて、最後には彼らの崇高な考えに心を動かされたという代官に出会います。
ところが、財政難というお上の弱みにつけ込んだ行為と解釈され、あえなく却下されてしまいます。
今度はなんと代官が粘ります。
結果、嘆願は認められます。
しかしそれは、彼らを絶望の真っ只中に突き落とすものでした。
仙台藩は、なんと貸付額を増やせと言ってきたのです。
なんという強欲!
今の金額でさえ、ありったけの銭をかき集めたギリギリの額だというのに…。
嘆願者たちは真っ先に吉岡宿随一の有力者、浅野家甚内のところにこのお達しを伝えに行きます。
浅野家の人々が、限界まで切り詰めた生活をして、
やっとの思いでこのお金を捻出したことは、宿内では知らない者はいません。
ところが、当主は信じられないことを言い出します。
とんでもないことです。
するとその時です。
「もうとっくに覚悟が出来ております。
まだお金がいるというのなら、家内の諸道具を売り払うまでのこと。
どうかお金を出させてください」
男たちは言葉を失いました。
著者の磯田は後書きでこう述べています。
やがて彼らは、お上の“タカリ”に見事に応えて満額を納めます。
しかし9人は、この賞金さえも村人全員に分配してしまいます。
しかし案の定、浅野家は身代が傾きます。
それだけではありません。
でも私がもっとも感心したのは、9人のうちのひとり、穀田屋十三郎の遺言です。
「わしのしたことを人前でかたってはならぬ。わが家が善行を施したなどと、ゆめゆめ思うな。
何事も驕らず、高ぶらず、地道に暮らせ」
これだけの篤志を施しておきながら自慢するどころか、決して人に話してはならないと命じたのです。
ヨーロッパにもノブレス・オブリージュという概念がありますが、
果たして「自分の家督を潰してでも」というまでの壮絶な覚悟は、そこにあったでしょうか。
磯田が、あえて題名を『無私の日本人』とした意味が痛いほどわかります。
小説というのは、歴史小説以外は所詮作り話です。
しかし、ノンフィクションは違います。
正月のブログ『金持ち天国ニッポン』にも書きましたが、
格差の問題はもはや待ったなしという局面を迎えています。
アメリカはもっと深刻です。
“社会民主主義”を掲げて「富の再分配」を訴えるバーニー・サンダースが、
民主党の大統領予備選挙で大健闘するなど一体誰が予想したでしょう。
共和党候補のトランプを支持しているのは、プアホワイトと呼ばれる白人の低所得者層です。
まさに、貧しい人々が歴史を変えようとしているのです。
“中道派”が多数を占めているはずのニューハンプシャー州の予備選で、
極左と極右が勝利するという、驚愕の事態が出現しました。
格差への不満の高まりは、もうアメリカの安全弁を吹き飛ばす寸前まで来ているのでしょうか。
今こそ、真剣に考えるべき時が来ています。
なお、この話は『殿、利息でござる!』という題名で映画化され、今年の5月に封切りとなるそうです。
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