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5☆s 講師ブログ

『白熱教室』に異議あり

Eテレがマイケル・サンデルの『ハーバード白熱教室』を放送して以来、
日本を含め世界中の大学の『白熱教室』が紹介されました。

しかし、講師の末席を汚す者として生意気なことを言わせてもらえば、
何をもって“白熱”と言っているのか、全く理解できないものが結構ありました。

全てを見た訳ではありませんが、ウォルター・ルーウィンの『MIT白熱教室』以外は、
普通の授業とはちょっと違うというくらいのレベルでしかありませんでした。

大学の普通の授業のような研修をすると、翌日から仕事を失ってしまう危険性の高い企業研修講師としては、
この程度で話題になること自体が不思議でなりません。

ところで、講師の力量とは全く関係なく、そもそもテーマの設定に強い違和感を覚えたのは、
マイケル・サンデルの授業です。

彼の授業のテーマは『正義』です。
このテーマは非常に難しい問題を含んでいます。

と言うのは、『正義』の定義は、人種や民族、さらには個人によっても異なるからです。
案の定、彼の授業は「ダイバーシティ研修」と、全く同じ結論に達せざるを得ませんでした。
それはすなわち、「人によって様々」ということです。

その結論が、もっとも鮮明に浮き彫りになったのが、「原爆投下の是非」について意見を戦わせた授業でした。
その時私は、思いもよらぬアメリカ人の価値観を知らされて愕然としました。

それは、多くのアメリカ人が、
「広島と長崎に原爆を投下した行為は正しかった」と考えていることです。

これには非常に驚きました。
大半の日本人は、「歴史上二度とあってはならない悲劇」と捉えていますが、
多くのアメリカ人はそうは考えていません。
戦争を早期に終結させるための、きわめて有効な作戦の一つだったと捉えていたのです。

その理由はこういうことです。
当時、日本の指導者である軍部が常々明言していたのは、「一億総玉砕」。

そうです。
『戦艦大和』(14年7月)の回でも書きましたが、民間人も女性も子どもも全部ひっくるめて、
日本人全員が名誉の死を遂げて、日本の国土に人っ子一人いなくなったときが終戦である、
と当時の指導者たちは本気で考えていました。
つまり、すべての日本国民が、戦争に勝利することではなく、死ぬことだけを目的に戦っていたのです。

この、“狂気”としか形容しようがない思想は、アメリカ側にとって脅威以外の何者でもありませんでした。
通常の局地戦では、もはや勝ち目がないとわかった時点で兵士は降伏します。

しかし、日本兵は全く違っていました。
太平洋の島々の攻防戦で、最後の最後に“バンザイトツゲキ”をしてくる日本兵の精神性は、
アメリカ人の理解をはるかに超えるものでした。

アンガウルの戦いでは、1,250名の兵士のうち生き残ったのはわずか59名。
戦死した者は実に95.3%に上ります。
先日、天皇陛下が慰霊に訪れて話題になったペリリューでは、
10,931名中、生存者は205名で、97.8%が戦死。

硫黄島は19,398名中、生存は1,023名で、戦死率は94.8%。
サイパンでは約3万人の兵士のうち、捕虜として生き延びたのはわずか921名。
戦死率は97%を越えますが、このうち5,000人は自決と推定されています。

このような全滅に近い戦闘が続くのは、歴史的に見てもきわめて珍しいことです。
生き恥を晒すことを潔しとしない思想を、何千、何万という大規模集団においてもなお
これほどまで完璧に徹底することができた組織は歴史上例を見ません。

どれほど過激な自爆テロ組織でさえも、未だに成し得ていない“偉業”なのです。

アメリカはこう考えました。
恐らく日本という国は、二度と立ち直れないくらいの深い痛手を負うまで、絶対に降伏しないであろう。
想像を絶するほどクレイジーな指導者たちから、一刻も早く日本国民を解放するためには、
「一億総玉砕」の思想を根本からひっくり返すような圧倒的な事実が必要である。

それが原爆投下だ。
もし、原爆を投下せず、従来どおりの局地戦の展開によって日本本土の征服を目指すならば、
日本人の死者はどのくらいになるか予想がつかない。
また、連合軍の犠牲も決して少なくないだろう。

日本の国土に人っ子一人いなくなるとまではいかなくとも、恐らく日本の人口が半分か、
あるいは1/3くらいになるまで全面降伏はしないであろう。
それならば、原爆投下によって早期に降伏させた方が、日本の犠牲は相対的に少なくて済むはずだ。

きわめて強固な徹底抗戦路線、というよりはクレイジーな国民総心中路線にストップをかけるためには、
もはや原爆という人類史上最大の劇薬しか残されていないと考えたのです。

広島と長崎で、合わせて20万人以上の人が尊い命を失いましたが、
それでも戦火がもっと長引いた場合を想定すると、
結果として犠牲者の数は相対的に少なかったとも言えるのです。

ですので、アメリカ側の「原爆投下によって日本は滅亡から救われた」という解釈は、
あながち間違いとは言い切れないのです。

しかし、この考え方を受け入れることのできる日本人は、一体何人いるでしょうか?
昔、ある大臣が「原爆投下はやむを得なかった」と発言しただけで、即刻辞職に追い込まれました。
当時は随分不謹慎な発言だなと思いましたが、アメリカ人の正義に照らせば、
彼の発言は非の打ち所のない正論です。

正義というのは、立場によって異なるものなのです。

正義と言われているものの実体は、人種や民族、
さらには宗教や歴史観などが色濃く反映されたイデオロギーそのものです。
もちろん、個々人の生い立ちや体験、思考に基づく信念などもその構成要素の一つになり得ます。

その異なるイデオロギーを教室内で戦わせたところで、一体何が生まれるのでしょうか?
現実問題として、そのイデオロギーを教室の外で戦わせている事例はヤマほどあります。
イラクやアフガニスタンに行けば、なまっちょろい議論を超えた本当の戦いが嫌と言うほど見られます。

誤解しないでほしいのですが、議論が無駄だと言っている訳ではありません。
あくまでも議論の“落としどころ”の問題を言っているのです。

はっきり言って、落としどころはありません。
もしあるとすれば、「相手が信じている『正義』というものは、自分たちのものとは全く別物であることに気づく」
ということくらいです。

ここで『正義』という単語を『考え方』に置き換えれば、それはとりも直さず、
現在ブームとなっている「ダイバーシティ研修」の落としどころと全く同じです。
つい最近も、借金というものに対する考え方が、
国によってずいぶん違うということを思い知らされたばかりではありませんか。

さらにもう一歩踏み込んで、相手の立場を尊重する立場をとってみましょう。
「私はあなたの意見に何一つ賛成できないが、
あなたがそれを言う権利だけは命懸けで守るつもりだ」

これはとりも直さず、フランスの哲学者ヴォルテールが主張した
民主主義の原理に他なりません。

そう考えると、はたしてこの授業は、テレビで取り上げられるほど価値のあるものなのか疑問に思えてきます。
私の勝手な解釈ですが、マイケル・サンデルの『白熱教室』というイベントは、その内容のクオリティではなく、
討議形式という授業を上手に“見せる”ことで、話題化に成功したケースではないかと思うのです。

しかも、すべての議論は、根本的には全く同じテーマで行われています。
それは、理性と感情の問題です。
原爆投下の是非に関する議論だって、アドルフ・アイヒマンの有名な言葉を引用するだけで、
簡単にそのカラクリがわかってしまいます。

「百人の死は天災だが、一万人の死は統計にすぎない」

つまりは、感情と理性の問題なのです。

私たち日本人にとって、原爆投下による悲劇は決して統計ではありません。
彼らの悲鳴に想いを馳せ、痛みを感じることができます。
なぜなら、感情が伴うからです。

しかし、アメリカ人にとっては、遠い遠いアジアの国の20数万人の死など、所詮統計数字の一つでしかないのです。
感情を伴うことがないので、相対的にどちらがダメージが少ないのか、
理性を働かせて冷静な比較検討ができるのです。

感情を伴わない時の死者の数は、あくまで単なる統計数字に過ぎません。
その証拠に、現在の私たちにとって、イラクやアフガニスタンの人々の死は、やはり統計数字にしかすぎないからです。

しかし、それでもなお、私は思うのです。
感情と理性が共に並び立つ、妥協点のようなものが存在するのではないかと。

そして、それがもしあるとすれば、それは過去の出来事に対する解釈の妥協ではなく、
将来に向かってのものではないでしょうか。

原爆投下に関して言えば、敵国に核の使用を決断させてしまうような、
クレイジーな指導者を二度と出現させないことです。
どんなに白熱した討論であろうとも、そこにフォーカスしない議論は所詮無意味です。

きれいごとの理想論を言っているのではありません!
なぜなら、つい先日もウクライナを巡って、
核のボタンに手を置こうとしたクレイジーな指導者が、現実にいたではありませんか!

この事実を知った時、世界は驚愕し、そして戦慄しました。
原爆投下は過去の悲劇などでは決してなく、
まさにこれから起こり得る“今そこにある危機”だということを、改めて思い知らされたのです。

“白熱”しているのは、教室ではありません。
現実世界そのものです。

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