少し前のこと、“工場萌え”というのがメディアで大きく取り上げられました。
川崎の沿岸部にある工場群が夜ライトで照らされるのを、
海から船で眺めるツアーが人気で、写真集も発売されました。
昔、石油を精製する工場を訪ねたことがあります。
無数に組み上げられたパイプと、それを繋ぐバルブたちが金属製の“異形の城”を築いています。
近くには巨大なタンクもあり、まさに日常生活では目にすることのない異空間に迷い込んだ気分でした。
この感覚を“萌え”というのかどうか私にはわかりませんが、
コンビナート装置がこの会社の財産であることはよくわかりました。
そうです。
この会社の、貸借対照表の「資産」の部に記載される財産の大半は、
コンビナート装置で占められているはずです。
この装置こそが、会社に利益をもたらす源泉です。
理解しやすくするために、あえて大変乱暴な言い方をしますが、
この装置の右から原油を流し込めば、左からガソリンや軽油といった製品が産み出されるのです。
主役はこの装置です。
組み上げるまでは大変ですが、一旦完成してしまえば後は人の手はあまりかかりません。
ですので、この「資産」こそが会社の富、つまり付加価値を産み出す源泉です。
このような企業のことを、「装置産業」と言います。
メーカーでも、生産ラインを組み上げるまでは大変ですが、
一旦組み上げてしまえば後はオートメーションにより、
マシーンという装置が自動的に製品を産み出してくれます。
右から原材料を入れてやれば、左から製品が出てくる。
人間はその微調整やメンテをしたり、異常がないか監視する役割です。
ところで、皆さんの会社はどうですか?
貸借対照表の「資産」の部には、何が記載されていますか?
一般に装置産業以外の業種では、「資産」に計上されるのは土地や建物、それに有価証券や現預金などです。
しかし、これらが自動的に会社の富を産んでくれる訳ではありません。
土地や有価証券などの資産は、相場価格が値上がりすれば含み資産としての価値は上がりますが、
売却しない限り富を手にすることは出来ません。
つまり、継続的にあなたの会社の付加価値を産み出している訳ではないのです。
では、あなたの会社で付加価値を産み出してくれる装置は何でしょう?
右からクライアントの要望事項をインプットしてやると、左からソリューションとしての製品やサービスが出てくる。
そんな風に付加価値を創造してくれる装置は何ですか?
多くの会社の場合、それはコンビナートでもマシーンでもなく「人」です。
インタンジブルアセットという聞き慣れない言葉が世に出たのは、今から10年ほど前。
この言葉は、「バランスシートには記載されない資産」という意味です。
知的財産や優良顧客もその一部ですが、中心をなすのはやはり「人」、すなわち社員という人材です。
貸借対照表に記載されることはありませんが、会社の付加価値を生み出すのは社員です。
社員こそ、インタンジブルアセットに他ならないのです。
ただ、難しいのはここからです。
マシーンであれば、右から必要な素材と条件をインプットしてやると、
左から付加価値を伴った成果物がアウトプットされます。
時々不良品が混じることもありますが、かなりの高確率で一定の品質のものが生み出されます。
しかし、「人」はそうではありません。
アウトプットされる成果物の品質に、著しいバラつきがあります。
時には成果物が出てこない場合さえあります。
逆に、事前の期待値以上の成果物をもたらすこともあります。
さらには、インプットしていないことにまで対応した、
高付加価値の成果物をアウトプットすることさえあります。
また、マーケット環境の変化に応じて、成果物が柔軟に変化することもあります。
あなたの会社が装置産業でなければ、会社の存亡はまさに、
社員がこの付加価値を生み出せるかどうかにかかっています。
いや、たとえ装置産業であっても、次の時代の付加価値を生み出す装置を考えるのは「人」です。
最近、「放置しておいても自律的に育つような部下がほしい」という管理職が増えています。
はたして、そんな部下がいるでしょうか。
いるかもしれません。
ただ、もしいるとしたら、その管理職は翌日から席を失うことになるでしょう。
なぜなら、そのとき管理職に残される仕事は二つだけ。
判断を下すことと、ハンコを押すことくらいです。
管理職にとっては大変不幸な事実ですが、これらの仕事は上位職が兼務することが可能です。
会社にとって、中間管理職ひとり分のコストが節約できるということはかなり大きな意味があります。
会社の付加価値を創造するのは、管理職の判断やハンコではありません。
社員です。
もし、社員が付加価値を創造できていないとするならば、
管理職がコンビナートの組み立て方を間違えた可能性が高いのです。
インプット情報を間違えた可能性が高いのです。
管理職の最大の仕事は、付加価値を創造できる社員を育てることです。
これは、管理職自身が付加価値を創造することよりも、ずっとやりがいのある仕事だと思いませんか。