「人の心がわかる遺伝子」が特定されたわけではありませんが、
候補のひとつと思われるものは見つかっています。
それは大変面白いことに、一般には「言語遺伝子」として知られているものです。
第7番染色体の長腕部分にある「FOXP2」という遺伝子です。
なぜわかったかというと、イギリスにKEという家系がいたのですが、
なんと家系の半数は、難読症とか識字障害と言われる「ことば」に関する障害がありました。
残りの半数は問題がなかったので、これは遺伝病であることが分かります。
そこで原因遺伝子のスクリーニングが始まり、ついにFOXP2が突き止められたわけです。
この遺伝子は鳥にもあります。
オスの鳥がメスを求めてさえずるのは、この遺伝子のなせる業です。
ところで、この第7番染色体の一部が、第11番染色体の一部と入れ替わってしまう
というトラブルが時々起きます。
転座といって、FOXP2部分が第11番染色体に乗り移ってしまうのです。
すると、どういうことが起こるかと言うと、自閉症になってしまうのです。
このブログで何回か書きましたが、自閉症患者は人の心がわかりにくいことが知られています。
このことからFOXP2は、言語遺伝子であるとともに、
「人の心が分かる」ことにも関与していると思われます。
ここで、そもそも「言葉を話せる」ということがどういうことか、ご説明しましょう。
言葉を話せるということは、単語を覚えていることではありません。
単語を覚えるだけなら、チンパンジーでも相当な数を覚えられます。
では、言葉を話せるとは、どういうことを言うのでしょう。
まず、次の文章を読んでください。
「太郎は宏が幸子が人形で遊ぶのを邪魔することをよくないと思う」
句読点がなくて読みづらかったかもしれませんが、
この文章に登場するのは3人で、主語と述語の関係を整理する以下のようになります。
①幸子 → 人形で遊ぶ
②宏 → 邪魔をする
③太郎 → よくないと思う
今、太郎をA、宏をB、幸子をCとして、それぞれの述語には、「’」(ダッシュ)をつけるとします。
すると、先ほどの文章は、以下のような構成となっています。
A〔B(C C’)B’]A’
何か、ロシアのマトリョーシカみたいですが、
このような構造のことを一般に「入れ子構造」と言います。
そして、この入れ子構造を理解するには、かなり高度な知能が必要なのです。
これは、どんなに多くの単語を暗記したチンパンジーでもできません。
私は、以下のような仮説を立ててみました。
「人は、他人の心をわかるために言葉を獲得したのではないか」
文学的にはとても魅力的な仮説ですが、残念ながらこれは間違いです。
なぜなら、もしこの説が正しいとすると、言葉を発明する以前の人類は、
相手の心が分からなかったということになってしまいます。
うーん、難しいですね。
誰か、いい答えはありませんか?
ところで、フランスではバカロレアという大学入試制度があり、
これにパスすると、どこの大学でも入学できる資格が得られるという難関だそうですが、
この試験問題が大変面白いそうです。
以前、「なぜ動物は言葉が話せないのか?」という制限時間3時間の論文問題が出たことがあるそうです。
日本の大学も、暗記で答えられる問題はやめて、このような入試問題にした方が、
「考えるクセ」がついていいと思うのですが・・・